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2015年7月

2015年7月29日 (水)

商用とフリーの2層構造が形成された

以前は本屋に行くことが多かったし、コンピュータ関連のコーナをよく物色した。
気付くと近頃本屋にも行かなくなったし、コンピュータ関連の本も殆ど買わなくなっている。
個人的にはフリーで済むものは、それにお金を使わなくなった。

定期的に技術評論社からパンフレットが郵送されてくる。
パラパラとめくると、回路用CadとしてEagleのコラムがある。
Eagleの記事があるのは、それが商品であるからと判る。
だが(個人的には)有料でなくフリーのCadを使っている。
それで問題なくガーバーファイルをボードメーカに送り、安価にボードを入手できている。

どうしてこの様な事が起こっているのか?
Eagleを使う人は多い筈だし、商用の読み物にはフリーのCadについてのコラムはない。
それでも、どうやら商用とフリーの2層構造が形成された様だ。
そして、それがお互い都合が悪いという事でもないようだ。

笑う力は筋力と同じ

笑う力は筋力と同じで、人に備わった力の1つだ。
可笑しい時は自然に笑えるものと以前は思っていた。
だが可笑しくても笑う力がない時は決して笑えない。
それで筋力と同じ様に笑う力を訓練によって強くしておく必要があると思う様になった。
笑うヨガというものがあるらしいが、それと似た考えかもしれない。
だが一般社会では、笑うヨガは難しいように思えた。
自分なりの方法でやるしかないようだ。

コンピュータは人間の脳とは異なる

コンピュータ技術には心が和む伝統芸はない。
先端技術というものがあるとは思うが、それに関わっている人が大家と呼ばれる事もない。
コンピュータの世界は最初から無機質であり、文化あるいは芸術とは異質だ。
最近読んだ「知の巨人」では、
コンピュータ=ロボット=人間の脳 
という図式が、成立しないと書かれていた。
個人的にはコンピュータで人間の脳と同等な処理ができると思っていたが
偉い先生方は明確にそうでないと指摘していた。
その考えに触れるうち、少しずつそれが正しいように思われてきた。

コンピュータの世界には大勢の人がいて
その人間の多さから、ある種の誤解が発生したのだろう。
コンピュータは、人間の脳機能を持つが極めて限定的であり、脳とは異質のものだ。

2015年7月27日 (月)

人型ロボットは当面不要

これからはロボット技術の時代だろうと思う。
個人的にはその用途として
1. 作業用
2. 競技、ゲーム、戦争用
3. 老人、身障者用
などがあるが、1項の作業用ロボットの割合が一番高いのではないかと思う。
ロボットというと人型だという人は多いが、鳥形の飛行機や、馬型の自動車はないように
人型ロボットの出現は当分先の事だろうと思う。
作業用ロボットなら既にあるというが、それは高価で操作も難しいものだ。
誰にでも使える作業用ロボットが近々出現するという話は聞いたが、本当なのか?

社会の何処にでもいる作業者は、PCやスマホの凄まじい発展があっても
自分の作業が相変わらず地味なルーチンワークである事に複雑な思いを抱いている。
頭の何処かでは、こんな作業は機械的だと思っている。
そのギャップを埋めるロボットが、一番需要があり、一番最初に出現すると思う。

2015年7月15日 (水)

Androidのroot化は閉ざされつつある狭き門

Androidのroot化は無理だという考えに支配され始めた。
だからAirPlaneMode(機内モード)のソースサンプルが多く紹介されていても
一向に動作確認できないという事になった。
やがてAndroidのバージョンは4.2を超えた場合、機内モードの設定をアプリで行うのは
root化によるしかない・・・という記事すら見つけてしまった。
随分無駄な作業をしたが、それが愚かなだけだったという結論の様だ。

Androidの世界では、root化を阻害するような何かが進行していて
そのため機内モードの設定すら動かなくしてしまっている。
Androidのroot化は閉ざされつつある狭き門であると感じる。

メモ帳が増えてしまった

ノートに書いておくのは、どんな情報か?

idやパスワード、作業フォルダ名、クレジットカードの番号
これらは今ではoutlookなど決まった所に保存している。
だから今はノートには書かなくなった。

kiCad、AtmelStudio、AndroidStudio
これらは暫く作業しないと起動方法さえ忘れてしまうので、ノートに書いておくのが便利だ。
実際はノートに書き付けた場所にマーカなどを入れ、後で探しやすいようにする。

ノートに原稿の下書きを書いていたが、場所を構わず取り出して書けるものではない。
それで手帳に書いてみた。
手帳は常時ポケットに入れてあり可能だが、作文の下書きとして手帳は少し狭い。
それで少し広いメモ帳をカバンの中に入れておく事にした。
100円ショップにある9X12㎝ほどの大きさのものだ。
モレスキンでも良かったが、原稿の下書きはPCに入力してしまえばゴミ箱行なので
勿体ないと思って、安いメモ帳にした。

このように「1冊のノートにまとめなさい」という教えからドンドン離れていく。

===2015.7.29追記
ダイソーにA7メモがあった。
これを横に使えば、A7メモでも原稿の下書きになる。
メモ帳はやめ、ポケットに入れておけるA7メモに戻る事にした。(ヤレヤレ)

20150729_113436

2015年7月 8日 (水)

スマホのroot化、将来どうなる

Androidはubuntuの派生であるらしいが、それを目で見て確認する術は全くない。
ubuntuの様なlinux系OSは、ソフト開発の伝統があり、ハッカー好みだろうと思う。
だがその認識はAndroidでは裏切られ、その生い立ちはすっかり覆い隠されている。
軽い若者向けにチューニングされ、ソフト開発者或いは管理者の権限は制限されている。
スマホ利用者にとって、ソフト開発のイメージは、理屈っぽくで邪魔なだけの様だ。
Androidの遺伝子にubuntuが内在しているといって
root化をいずれ容認する方向性があるのかどうかは判らない。
現状ではroot化を拒絶する力は非常に強い。
誰がこのroot化の将来性を決める立場にあるのだろうと、つい考えてしまう。
もし将来に渡りroot化が裏社会のものである続けるなら、
スマホが公明正大に組込システムの一部として構成される事には絶対ならないだろう。
それで良いのだろうか?

今更だが、スマホ中古市場が面白くなる

ネットを使って中古市場でスマホを取得するゲームになるのではないか。
もしそれが本格化すれば、またネット利用で驚く事が増える。

その人は新しくギャラクシを買ったというので、古くなったスマホはどうするか尋ねてみた。
母親にあげるとの事だった。
それがiPhoneだと聞いて、また驚いた。
どうやらその人は定期的に新機種を買う性格であるようだ。

simフリーになったといっても、携帯ショップでは、何かとイチャモンを付けて
simフリーを先延ばししようとしているようだ。
でもsimフリー化はもう法制化されたし、世界的に見ても既定路線だ。

余ったスマホは中古市場に流れる事になる。
当たり前だが、simフリー化により、中古スマホでも使い道ができ、
中古市場は盛んになる気がする。

次にやはり格安simの存在だ。
格安simは2台目スマホから、というイメージがあるが、
格安simだけしか使わないという人もいる。
中古市場で型落ちではあるが以前欲しかったスマホを手に入れられる。
月々の使用料は格安simの料金だ。
引退者とか、余り裕福でない人とか、そういう類の人だろう。
050系の通話アプリでいい。
段々面白くなってきた。

2015年7月 2日 (木)

腹式呼吸は終生のテーマ

腹式呼吸するのは苦手だ。
高血圧の持病がありデジタル血圧計を使っている。
その測定値が多少高くても、腹式呼吸で深呼吸すれば、20程は下がる事が多い。
ならば1日中でも腹式呼吸を続ければ、正常血圧の頃に戻れるのに、とても続けられない。
いよいよ肩凝りが危険ゾーンに入ると感じた時、腹式呼吸を開始するだけだ。
この前、腹筋が珍しく痛むと思っていたら、腹式呼吸したためだと思い出した事もある。

腹式呼吸では、吸うのと吐くのでは、どちらが難しいだろう。
私には吸う方が難しい。
吐くのは単純で一方的に力を入れるだけだ。
だが吸うのは、全身の力は抜くものの、下腹だけは力を入れて膨らませる必要がある。
このバランスが難しい。
というより、普段は下腹を膨らませるなど動作はしていない。
そこで下腹を膨らませようとすると、肩の力を抜かないといけないと判る。

日常的に肩の力を抜くのは、難しいという事だろう。
だが、それが腹式呼吸の前提だとすると、これは終生のテーマになると思った。

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