2016年5月16日 (月)

ボケを自覚する

幾つか老人ボケとも思われる失敗が続いたので、悩んだりしながら考えたのは、何かを理解しようとする態度、視野に入って来た例えば文章などを理解できなくても、直ぐに他に移るのではなく、少しその事に焦点を当ててみる気持ちが大切だという事だ。
そういう事を新たに修得する以外に、失地を回復する手段がないと思われた。
そうした警告は私の内部からでなく、他人の方から苦言とか罵倒に近い声としてやって来た。
それで老人ボケの批判だと悟るという順番だった。
そしてその原因を探ってみると、自分の行った無視、思い込み、的外れという心の動きが浮かんできた。
確かにそこには老人ボケと規定できる兆候があるものの、一方昔からそういう面があったとも思う。
元々、物事を深く考えるのは苦手で、心に余裕がなく、他人の意図まで図るという気が回らない。
だが昔は若さでそれを避けていられたのかもしれない。
だがこれからは少し考えないといけなくなった様だ。

2015年12月22日 (火)

夜行うweb検索

歴史は夜作られる、とよく言われる。
夜と言えば果てしなくWeb検索をする事がある。
興味本位だったり、そうでなく、かなり深刻な事情があったりする。
昼間枯渇したアイデア
モチベーションを下げてしまった課題
挫折した事
何時までも解決しない事
こうしたネガティブな事を幾らかでも挽回しようと、何か探し回る事も多い。
気になるURLは自分のメールアドレスに送って保存する。
でもこういう事は仕事の範疇ではない。
夜同僚を酒を飲んでも、それは仕事ではない事と同じだ。
しかし大きな課題あるいは障害に対し、明日どんなあがきをしようかなど夜の検索の結果で決める事がある。
でもついでに言うと、こうしたランダムで気を散らす様に検索しても、それは的外れになる確率の方が高い。
だが懸命にメモした書き付けから思わぬ展開がある事もある。
歴史は夜作られるという事とは、別の事だろうか?

思い出せない

その日、急にパッケージされたクッキーである「カントリーマアム」の名前が思い出せなかった。
とうとう老人ボケになったのだろうか?
暫く頑張ってみたがダメだった。
その夜4時ごろ、目がさめてしまい、その名前を思い出す努力を始める始末だ。
パッケージの色である赤や茶、そして柄をイメージし、何とかロゴを思い出そうとした。
でも今回は全く無駄だった。
翌日、google画像検索をしてみたが検索できない。
もうダメかと思った。
スーパーの棚に並んでいる所をイメージしてみたがダメだ。
最近はOKストアでしか買わなくなった。
以前はサンドラッグでも買っていた、と思ったとたん「カントリーマアム」という名前を思い出した。
確かにサンドラッグで買っていた頃は、カントリーマアムというネーミングを意識していた。
つまり、少し高いとか、健康によくないとか、アメリカの田舎製だとかだ。
でも最近OKストアになってからは、もう自分で選ぶ事はないし、目の前にあるものを食べるだけになっていた。
興味を失っていたのだ。

2015年12月21日 (月)

Miyata Alfrex のリストア

90年代に Miyata Alfrex を買ってずっと乗り回していた。
しかし何年前からか殆ど乗らなくなりガレージにぶら下げてしまっていた。
そうして放置していたため少しずつサビついてきてスクラップ化してきた。
それを見た家族が早く処分しようと近所の自転車屋に処分を頼んで来てしまった。
それには少し焦った。
かと言ってチューブラタイヤはもう捨ててしまったし、チェーンはさびて茶色になっている。
ギアチェンジのワイヤーは切れ、果たしてメカが動くかも判らない。
普通ならとても乗れる状態ではない。
だが勿体ない気持ちが起こってしまった。
愚鈍に磨いていけば、シミサビ汚れは少なくなるだろうし、最低限の部品を買えば、
諦める機能はあっても、最低限の機能はこの手で修復できる筈だ。
そしてブレーキワイヤとギアチェンジワイヤは近所の島忠で約1000円で買ってきた。
ギアチェンジワイヤを取り換えたらギアチェンジは何とか動く。
良かった!
次にブレーキワイヤを取り換えようとしたらフレームの中をワイヤを通すタイプで
それをどう通すかが判らなかった。
それでネットで調べたがよく判らない。
翌日、行きつけの自転車屋の前を通ったので、顔見知りの若い男の店員に尋ねてみた。
「それはですね」と店員は話し始めた。
「先ず古いインナーを抜いて、新しいインナーを入れます。
次に古いアウターを抜いて、インナに沿って新しいアウターを入れます」
ナルホド!
店員にお礼を言い店を出た。
チューブラは5000円程と少し高い。
ハンドルのテープは救急箱にあったホータイで代用できないか?
チェーンの汚れはCRE556を布で擦ってみよう。
雑念が頭を駆け巡っていた。
翌日、男の店員の言った通りやってみた。
インナーは直ぐ入ったがアウタがグレームの中を上手く通り抜けてくれない。
その日は作業中止し、又ネットで調べたが、特に詳しい記事は見つからない。
翌日、気合いを入れ直し、アウタを元の長さに切ってからフレームに入れてみた。
今度はアウターを手で押すと同時にインナーをペンチで引っ張る事ができるようになった。
するとゴゴッとアウターがヘンドル側の穴から顔を出した。
ヤッタ!
男の店員の言った通りだった。
次はハンドルに巻くホータイだ。
ネットで調べると地面から伝わる振動を軽減させるためクッション材でなくてはいけない。
それでホータイは諦めた。買うしかないようだ。

そうしているうち、家族からチューブラの自転車に乗るのは、もう歳だし危ない。
特に最近は人にぶつけても罪に問われるようになった。
だから止めてくれという猛烈な抗議があり、一通り感情的な言い合いの後、
もう少しタイヤの幅を広くするという事で休戦状態になった。
そしてサイクリという中古の自転車パーツの店が近所にあると判った。
そこで初めてチューブラからクリンチャーというそうだが、チューブとタイヤが別々のタイプのホイールに切替えるという道筋が現れた。
そして今回リアフレームの内法(エンド幅)が126㎜であり、最近のエンド幅は130㎜しかないと言ってよく、私の自転車は紛れもなく時代遅れになっていた。
事の重大さがひしひしと判ってきた。
どうするかネットで調べると、ボルトとナットでフレームの塑性を利用し、幅を20㎜位余計に広げるという力ずくの方法が紹介されている。
だが今回のアルミフレームには適さないらしい。
でも無理やり130㎜のホイールでも入るという記事が見つかったが、絶対ダメとする全く反対の意見も登場し、実際にやってみて自分でリスクを負うしかないと結論した。
そこで実機のリヤフレームを手で左右2㎜広げてみたら簡単に広がるという感覚を得た。
金属疲労するかどうかは判らなかったが、大丈夫だという気がした。
次に浮上したのは、タイヤを太くする事で、フレームの内側を擦らないように寸法を見積もる事だった。
タイヤの幅に対し、+2㎜位の余裕が要るようだ。
700/26cというタイヤは、外径が700㎜、半径が350㎜、そして幅が26㎜というものらしい。
大雑把には26㎜程度なら大丈夫と思ったが、もっと正確にノギスで測る必要がある。
その他、ブレーキの幅を少し広げるとか、タイヤとフレームの関係とかがある。
フレームが26㎜幅でもタイヤは少し広く(例えば28㎜)てもOKのようだ。
ようやくリストアの最短コースが見えて来た。
サイクリの店員と話し、簡単に見積もってもらったら、約15000円という金額だった。
この出費でリストアしていいものか、家族の了承が必要のようだった。
年末の時期で何かと忙しないので、中々言い出せなかった。

筋トレの強度

筋トレの効果は、トレーニング時の「もがき」の度合いが強い程大きい。
だがそれによって引き起こされる副作用は時に危険な事もある。
筋トレの行為自体は単純でかつ長期的な繰り返しでしかない。
だが(私は)数少ない非日常感覚をもたらすと考えている。
だがその説明が難しい。
極めて個人的であり内省的だと思われるからだ。
筋トレによって引き起こされる疲労などは、決して無視できないが、
ある程度は対抗し、或いは恭順していくしかない。

2015年12月20日 (日)

後頭部にウエイトを載せる背筋のトレーニング

首から後頭部に神経的な痛みを覚える事がある。
多分、血流がよくないのと、ストレスからだろうか?
この症状を直せないかと、背筋のトレーニングの時に4Kgのウエイトを後頭部に乗せてみた。
その結果、やはり首筋が弱いと判った。
考えてみたら、今迄、首筋に負荷を掛けた事はない。
殆ど無負荷のまま放置され、弱くなったところにストレスでやられた様だ。
その日のうちに、セオリー通り、首の後ろ側に軽い筋肉痛がやってきた。
翌日の夕方、その痛みは消えたが、肩凝りが酷くなった。
筋トレのために違いない。
だがこれまでは悪化するのに今回の肩凝りは途中で止まった。
しめたと思った。
次の筋トレで、ウエイトを6Kgに増やした。
後頭部に痛みはやってきたが、危うい感じは減っていた。
更に次の筋トレでウエイトを8Kgに増やしたら、悪い影響の範囲が拡がってしまった。
今度は少し危険な感じがして来た。
軽いふらつきや貧血もあるようだった。
だが肩凝りだけは不思議な様に全くなかった。
それでも危険な領域にある事は間違いなく、明らかに様子見の段階になっていた。
頭の片隅には、これは筋トレとは関係ないとする楽観がある一方
首か脳に病理的な可能性もあると告げていた。
この先は用心深く、進んだり戻ったりする事になりそうだった。
何日か経過し、首の後ろの筋肉痛も少し残っていたが
後頭部と肩の痛みは殆どなくなっていた。
だが夕方、肩凝りが起こり、貼り薬を貼った。
体が少しへばっている気がする。
少し息むと貧血のような事が起こる。
だがその後、体調はむしろ良くなっていった。
それは背筋のトレーニングを再開していいと告げていた。

それからの背筋のトレーニングは至って怠け者のやり方で
トレーニング強度を増す事はしなかった。
貧血やふらつき、それに疲れがある時は、これ幸いにメニューを減らした。
半分遊び感覚になっている。

このように首の後ろにプレートを載せる背筋のトレーニングの第一幕は終わった。
また次の思い付きまで、退屈な筋トレの繰り返す事になる。

瞬間睡眠の効果を知る

寝不足や肩凝りから神経が参って、どうしようもなくなる時がある。
何が原因でこうなるのか、いずれにしてもこういう事態は望んでいないだけでなく
危険なので直ぐ対策する必要がある。
その時は少し目をつぶって数分程寝た。
そしたら、とてもすっきりし、短い時間の睡眠が神経にとても効果があると判った。

その後、即興の睡眠ができないものか、何度か練習してみたが、まあ簡単ではない。
瞬間睡眠法なんていうのが有ったろうかとネットで探したら、やはりあった!
目をつぶり、呼吸を寝ている時のようにしてみる・・・というの方法が推奨されていた。
少し瞬間睡眠の練習でもしてみようか・・・
マッサージ通いもしているし、運動も多少しているが、神経には効果が少ないようだ。
睡眠の方がいいのだが、昼寝は滅多にしないのが習慣になっている。
これが良くなかったのだろうか。

2015年12月10日 (木)

朝の散歩

できるだけ朝散歩に近所の森の公園に行くようにしている。
なぜ森の中を落ち葉を踏みしめて歩いているのか不思議に思う事がある。
だがその答えの糸口らしい考えが頭に浮かんだ。
古代、人はこの森にいて、どう生きようか考えていたと思う。
食べられるのはドングリの実だったろう。
今と変わらず考えながら生きていた。
ともかくドングリを食べられるようになった。
そう考えて、この森を歩いていた。

自分の筋力を使うストレッチ

ストレッチは大切な健康法だとは思うけど、今一つ続けられない。
伸ばす筋がよく意識できないからではないかと思った。
酷い肩凝りで首や肩の辺りを揉んだりする。
ストレッチを修得せねばと思っている。

ジムにいたオッサンが、筋トレを始めたその日から肩凝りが直ったと自慢しているのを聞くけど、残念ながら、未だそういう幸運には恵まれていない。

肩や首を動かすと、肩凝りの犯人らしき筋がある様だった。
その筋を延ばす様に、頭や肩をゆっくり動かしてみる。
筋トレでの使う筋肉を特定する要領でよかった。
そしてその筋を伸ばすように、他の筋肉を使う。
その筋は悲鳴を上げるように痛い。
10カウントするが、これも筋トレの要領だ。
ストレッチとは違うようだが、効果は同じだと思った。
肩凝りが幾らか少なくなった気もする。
明日も試して見ようと思う。

翌日、確かに肩凝りは相当なくなっている。
腰痛の方は、筋の特定に失敗したようで、相変わらずだった。

恐らくこういうストレッチ方法もあるのだと思う。
幾つかのパターンを作れば習慣化できるかもしれない。

2015年12月 3日 (木)

再び深呼吸

休日の夜だというのに肩凝りに似た嫌な感じが始まった。
深呼吸でもしてみようと思った。
背骨の中ほどの筋が少し痛む。
胃の出口辺りも少し痛むのは多分持病だろう。
続けると肩凝りが意識される。
深呼吸は10秒吸って10秒吐く。
10というのは筋トレの1セットの回数と同じにした。
だが10秒というのは直ぐ苦しくなってしまうので、7秒にした。
ソファに座ったまま暫く深呼吸してみた。
その夜の夢ははっきりしていた。
翌日、深呼吸の復習として再度行ってみた。
背中の痛みも胃の痛みも殆ど消えていた。
だが同時に深呼吸しようという気持ちもしぼんでしまった。
こんな事で深呼吸を習慣にできるだろうか?
例えば本を読むときに限って深呼吸するというのはどうだろう。
いや、多分いつもの様に忘れてしまうだろう。

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